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福岡高等裁判所 昭和31年(ラ)43号 決定 1956年9月15日

抗告人 高田弥三郎

訴訟代理人 樺島年太郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は、末尾添付の抗告状写記載のとおりである。

記録によれば、本件競売開始決定は、抵当権の実行として、大牟田市旭町一丁目一四、一五、一六、一九番地家屋番号同町二七番の四木造瓦葺二階建映画劇場一棟建坪八十四坪外二階十坪五合(以下本件建物という)外数筆の宅地につきなされた上、一括競売に付せられて、昭和三一年三月六日の競売及競落期日公告に基き、競売実施せられ、猪飼清に於て一括して競落し、同人に対し競落許可決定が与えられたこと、右競売期日の競売不動産の表示として、本件物件に付ては、登記簿上の表示に従い、前示の表示がなされたことが明らかである。ところで、抗告人提出の図面と被審人高田弥三郎の審尋の結果に徴すると、抗告人は昭和三十年十月頃より内田勝已に本件建物を賃貸し、同人に於て、映画劇場として之を使用中のものであるが、抗告人に於て、本件競売開始決定後競売手続進行中、昭和三十一年二月頃本件建物の階下部分に付非常用道路を利用して二坪位の自転車置場を作り、二階部分に付て、三十坪位の観覧席と事務室とを増築したことが認められる。そうすると、本件物件については、本件競売期日当時に於て右期日の公告上の表示と、実測上の構造と坪数との間に、一部齟齬の存した事実を否定することは出来ない。そもそも、競売法第二九条、民事訴訟法第六五八条により、競売の公告中に不動産の表示を要求する所以のものは、競売物件に対する同一性認識の基準を与えると共に、一般公衆をして競売物件の構造及び坪数等を知らしめて競売希望者に予めその申出価格算定の標準を与え、之により可及的に多くの有利なる競買人を得て、債権者の満足に資せしめ、以て、他面、出来得る限り、債務者の利益を保護せんとの目的に出ずるものと解せられるのである。されば、競売期日の公告には、宜しく競売不動産の実測上の構造及び坪数を記載して一般公衆をして謬らざらしめんことを期せねばならぬことは当然で、若し右公告の表示にして、実測上の構造坪数に齟齬存して右目的を達することを得ざらしむるものありとすれば、右公告の表示は前示各法条の要求する表示を欠くものとして之に基きなされた競落許可決定は固より違法といわねばならない。しかし乍ら、実測上の物件の構造、坪数と競売期日の公告物件の表示との間に齟齬存するとするも、その程度著しからず、僅少にして、競売物件の同一性認識に欠くるところなく、且、又、競売物件の評価に何等の影響も及ぼさず、或はその評価に対する影響が僅少であつて、物件表示の目的に反するものとは認められない場合に於ては、右程度の公告の不動産表示の齟齬は何等之を不当とするものでないと解すべきことも亦自ら諒し得らるるところである。然るところ本件建物の増築部分の内、階下の非常口を改造して二坪余の自転車置場とした部分は、一括競売に付せられた全物件の評価(記録によれば最低競売価格合計金三百三十八万五千九百円、競落価格合計金四百六十五万五千円)と対比し、右増築による価格の増減は僅少であつて、殆んど採るに足らぬ程度のものであることが推察せられると共に、階上観覧席及事務室の増築部分については、債権者共栄倉庫株式会社及び競落人猪飼清共同提出の陳述書、同会社単独提出の陳述書と被審人加藤美文の審尋の結果(第一、二回)を綜合すると、建築主たる抗告人に於て、右増築に付正規の手続による建築主事の確認を受けたものでなく、且つ、大牟田市大牟田保健所より公衆衛生上の見地より、右増築部分の使用禁止を命ぜられ、該部分は現在未使用の状態にあることが認められるのである。そうすると、本件建物評価はその構造上、映画劇場として使用せらるることに存するのであるから、右増築部分にして之が使用をなし得ないとすれば、右増築による価格の増減は存しないことも明らかである。さすれば、本件建物につき、本件競売期日の不動産の表示には、その実測上の構造坪数との間に一部の齟齬存するとしても、之により本件競売物件の同一性の認識に欠くるものとは認め難く、且つ、右表示の齟齬は叙上の理由により法が不動産の表示を求むる目的に背馳する結果を招来するものと謂うことが出来ないから、本件建物の公告上の表示は相当であつて、抗告人主張の如き違法は存しないものといわねばならぬ。其の他一件記録を精査するも、原決定には之を取消すべき瑕疵を見出すことが出来ないから、本件抗告は理由ないものとして棄却すべきものである。

よつて、抗告費用の負担につき、民事訴訟法第四一四条、第八九条、第九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 高次三吉 裁判官 佐藤秀)

抗告の理由

競売期日の公告中に不動産の表示を要件としたのは競売手続でどんな不動産を競売するのかを一般に周知せしむるためであるから其不動産の所在地種別構造面積等を掲記するは勿論、其現状が不動産登記簿上の表示又は競売開始決定当時の状態と著しく異るときは其現状を公告中に掲記するを要し登記簿上の表示又は開始決定当時の状態を以て表示すれば足るとは断じ難い。なぜならば公告に掲記してある不動産の表示を信じて競買を申出た者は不動産の現状が公告に掲記されたものと著しく相違し為めに不測の損害を蒙るに至ることがあるからである。このことは開始決定後目的物の一部又は全部が滅失した場合を考えると直に首肯し得ることである。仮えば競売物件である建物又は土地が開始決定後競売期日迄の間に全部滅失し或は其大部分が毀損して公告に掲示された不動産の表示と著しく相違するに至つた場合に競買申出人が其滅失毀損の事実を知らず公告に掲示された通りの不動産を競買する意思で競買を申出たとき、この競買申出人の損害を如何なる方法で救済し得るか、競売期日と競落期日との間に天災其他の事変で不動産が著しく毀損したときは民事訴訟法第六七八条所定の競買取消権を行使することが出来るが前記の場合は競売期日前に滅失毀損したのであるから競買取消権は存在しないから其権利の行使は出来ないし、又競買申出人は利害関係人とは言えないから競落許可についての異議申立権もないから民事訴訟法第六百八十条第二項に依り抗告する以外には救済の途がないこととなるが競落許可の決定、之に対する抗告等煩はしい手続を踏まずに其以前に救済する方法があればこれに越したことはないのである。然らば其方法はと言えば競売期日の公告中に掲記した不動産の表示が競売期日に於ける不動産の現状と著しく相違するから結局公告中に不動産の表示がなかつたと同一に帰することを理由に民事訴訟法第六百七十二条第四号同第六百五十八条第一号に定むる要件を具備せざるものとして競落不許の決定をなし若し執行裁判所に不動産の滅失毀損の事実が判明しているときは同法第六百七十四条第二項前段の規定に依り裁判所が職権を以ても亦競落不許の決定を為し得るものであり又職権を以て不許の決定を為すを要するものであると信ずるものである。この場合に競買申出人が実地調査を為さず裁判所の公告記載を軽信して競買を申出たのであるから其が為に生じた損害は競買申出人が甘受すべきものであると言つて其過失を競買申出人のみに負荷させるのは余りに酷であり不条理であると思料する。

右の如く解するのが正しいとするならば滅失毀損に依り競売物件の価額が減少した場合に限らず、これと反対に改築増築に依り著しく価額が増加した場合も同じ結論に達すると思う。即ち競売開始決定後増改築に依り構造建坪等が著しく改善又は増加し公告に掲記された不動産の表示と競売期日に於ける不動産の現状と著しく相違するから結局公告中に適法な不動産の表示なきに帰するばかりでなく最低競売価額も増改築前の旧建物を鑑定した価額を基礎としているから其侭競売されては所有者は大きな損害を受くるのであるから異議申立に依り其事実が判明したときは裁判所は競売手続の続行を見合せて再鑑定を命じ且不動産の表示を更正して更に公告をなし手続を進行せしむるのが最も条理に適し正鵠を得た措置であると思う。この場合に所有者は競売に因りやがて所有権を喪失するに至ることを予知しながら造改築したのであるから競売に依る損害を甘受するのは当然であると解すべきではあるまい。なぜならば所有者は競売開始決定後も弁済其他の方法に依り競売物件を自己が保有し得る途は拓けているからである。

依て本件競落について考えると競売開始決定後建物の二階十坪五合に三十二坪を(一階も若干)増築したから競売期日に於ける現状は二階四十二坪五合に変更している。然るに公告には旧建物の二階十坪五合と掲示されたのであるから結局公告中に適法の不動産の表示を欠くと同一に帰し且最低競売価額も増築前の建物を鑑定した価額を表示し増築部分の価額を含まないものであるからこれ亦適法の最低競売価額を競売期日の公告中に記載しなかつたと同一に帰する。依て民訴法第六百七十二条第四号同法第六百五十八条第一号第六号の要件を具備しないものと認め同第六百七十四条第一項に依り競落を許すことが出来ないのにこれを許可したのは失当である。(許可に依り抗告人が大きな損害を受くることは自明である)依て原決定を取消し競落不許の裁判を求むるため本件抗告を為した次第である。

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